2017年4月7日(金)
『今生れたばかりの乳飲み子のように、混じりけのない霊の乳を慕い求めなさい。それによっておい育ち、救に入るようになるためである。』ペテロの第一の手紙2章2節
神の御言葉は、「混じりけのない霊の乳」だから、これに何かを付け加えてはいけない。
「混じりけのない」というのは「純粋」とか、「混ぜ物が入っていない」とか、「汚染されていない」という意味がある。
初代教会は、救われるために割礼が必要だと考える人達に、対応しなければならなかった。
この考え方は、拒絶しなければならない。
というのは、神の言葉は恵みによってみの、人は救われると教えているからだ。
ペテロは「しかるに、諸君はなぜ、今われわれの先祖もわれわれ自身も、負いきれなかったくびきをあの弟子たちの首にかけて、神を試みるのか。
確かに、主イエスのめぐみによって、われわれは救われるのだと信じるが、彼らとても同様である」と言って、みんなを導いた。
神の御言葉が教えていることに加えて、何かをしなさいという教えは、よく注意して吟味しなくてはいけない。
さもなければ、私達の霊的な健全性を著しく損なうようなことになるかもしれない。
神の御言葉には、追加も削除も必要ないのだから。
God Bless You!!
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