2023年12月6日(水)
『答えを求めること』
正義感はだれにでも備わっている。
不注意なドライバーが幼い子どもをはねて、そのまま運転を続ければ、他のドライバーはそれこそ血眼になって追いかけるだろう。
子どもをひき逃げするとは、とんでもない!と。
公正さのルールについては意見が分かれるかもしれないが、私たちはみな内なる行動規範に従っている。
率直なところ、人生は不公平で満ちている。
コルカタやリオデジャネイロやイーストブロンクスのスラム街で育つのが「ふさわしい」子どもなどいるだろうか。
アドルフ・ヒトラーやヨシフ・スターリンやサダム・フセインのような人
が何百万人も虐げながら逃げおおせてよいものだろうか。
粗野な人々が気難しい老人になるまで長生きする一方、親切で心優しい人々が人生の絶頂期に病気に襲われることがあるのはなぜか。
私たちはみな、そのような疑問を違うかたちでもっている。
ハバククという預言者はそうした疑問を神に直接ぶつけ、はっきりした答えをもらった。
ハバククは遠まわしな言い方をしていない。
この預言者が周囲に見ている不正義、暴力、悪に、なぜ神は答えていないか、その説明を求めたのだ。
神は、バビロニア人が来てユダを懲らしめるだろうという、他の預言者たちに与えたメッセージをそのまま繰り返しておられる。
けれども、バビロニア人は容赦しない狂暴な国民なので、ハバククは神の言葉に安心できなかった。
邪悪な国を用いてユダを罰することが、はたして正 義なのだろうか。
ハバクク書は悪の問題に解決を与えていない。
ところが、神との対話はハバククに、一つのことを確信させた。
すべては神の御手の中にあるということだ。
正義の神が悪に勝利を与えることはありえない。
まず、神はバビロニア人を彼らの思うがままにさせておかれるだろう。
だが、その後で偉大な力をもって介入し、不正義が跡形もなくなるまで、地の土台を揺さぶられるだろう。
「まことに、水が海をおおうように、地は、主の栄光を知ることで満たされる」。
神はハバククにこう約束された。
その力強い栄光を一目見て、預言者の姿勢は激怒から歓喜へと転じる。
神と「激論」しながら、ハバククは、最終章に美しく表現されている信仰について新たな教訓を学んでいく。
神の答えはハバククを大いに満足させ、ハバクク書は不平に始まりながら、聖書の中で最も美しい歌の一つを記して終わる。
God Bless You!!
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