2014年1月22日(水)

2014年1月22日(水)


『神よ、あなたはわたしを若い時から教えられました。わたしはなお、あなたのくすしきみわざを宣べ伝えます。神よ、わたしが年老いて、しらがとなるとも、あなたの力をきたらんとするすべての代に宣べ伝えるまで、わたしを見捨てないでください』詩篇71篇17節~18節


老いは、退化する事とは限らない。
成長し、成熟し、仕え、祈り続けて、最期の一瞬まで人生を享受する事もできる。

ある人が言っていた。
「老人は、冒険家であるべきだ」と。
「いのちのある限り、楽しめ」と言う人もいる。

熟年の日々を、ただぶらぶら過ごすのは、生涯で最高の時を無駄にする事じゃないだろうか。
またそれは、神様が教会に与えた賜物を奪う事でもある。
成すべき奉仕と、得るべき勝利がまだある。

リーダーとして、奉仕する体力や気力はもうないという高齢者がいるかも知れない。
それでも、次の世代のリーダーにとって、この人達は貴重な存在だ。

ある日、ジョン・ウェスレーは、もしあと少ししか生きる事ができないと分かったなら、何をするかと訊ねられた時、「私の霊を、神様にお返しする時まで、若い人達と会って話をするでしょう」と答えている。
高齢者を忘れる事は、長年の知恵を無視する事だ。

詩篇の作者も、自分が理解し得た神様のすべてを、他の人々に伝えようと願っていた。
私達も、他の人々の生活を豊かにするために、神様の御用に立たなくてはいけない。
自分が理解し得た神様のすべてを、他の人々に伝える使命が、まだ残されている。

God Bless You!!

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